2004年07月10日

No.36

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silva speculationis       思索の森
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<ヨーロッパ中世探訪のための小窓>
no.36 2004/07/03

------新刊情報--------------------------------
梅雨時には本もカビたりすることがありますが、今年は大丈夫でしょうか?なに
はともあれ新刊情報です。

○『十字軍の精神』
ジャン・リシャール著、宮松浩憲訳
法政大学出版局
?3,360
ISBN:4-588-02221-0

十字軍関連の研究で著名な著者による、十字軍の諸相についての手堅い概説と、
十字軍に関係した諸文書(史料)を集成した一冊。特に後半の史料がいいです
ね。これだけのものが日本語で読めるのは貴重かもしれません。法政大学出版局
はずいぶん頑張っている気がします。

○『エロイーズとアベラール−−ものではなく言葉を』 (叢書・ウニベルシタス
630)
マリアテレーザ・フマガッリ=ベオニオ=ブロッキエーリ著、白崎容子・石岡ひ
ろみ・伊藤博明訳
法政大学出版局
?3,990
ISBN:4-588-00630-4

これも法政大学出版局ですね。アベラールとエロイーズの書簡は岩波文庫で読め
ますが、こちらは両者の家庭環境や時代背景を含めて実像を論じた一冊のようで
す。アベラールは逸話や伝説も多く、政敵も数知れずで、どこか破天荒な感じの
イメージを抱いてしまいますが、神学論などをみて、ちょっとギャップを感じて
しまうこともあります。エロイーズの方はというと、小説作品などはともかく、
そもそも取り上げられることが少ないですよね。そういう意味ではちょっと覗い
てみたい一冊です。

○『イデア−−美と芸術の理論のために』(平凡社ライブラリー 504)
E.パノフスキー著、伊藤博明・富松保文訳
平凡社
?1,575
ISBN:4-582-76504-1

美術史家パノフスキーによる「イデア」の歴史。新訳だそうです。パノフスキー
の作品としては初期のものとか。そういうのが文庫で読めるのは実にありがたい
ですね。本文とほぼ同量の注釈がすごいです。

○スコトゥス「個体化の理論」への批判 『センテンチア註解』
L.1,D.2,Q.6より
G.オッカム著、渋谷克美訳註
知泉書館
?4,725
ISBN:4-901654-31-4

オッカムのウィリアムとドゥンス・スコトゥスとの対比……これはいろいろなと
ころで取り上げられているし、取り上げ続けていくべきテーマですが、本書など
はまさにその核心部分かもしれませんね。オッカムの『大論理学』の邦訳を手が
けている訳者による羅和対訳本です。テキストとしても最適かも。


------文献講読シリーズ-----------------------
ダンテ「王政論」その1

さて、今回からダンテ・アリギエリの『王政論』(Monarchia)第1巻を読んで
いきます。13世紀から14世紀への世紀転換期を生きたダンテによる政治論で
す。『神曲』であまりにも有名なダンテですが、その生涯は文学とならんで政治
活動にも彩られています。30歳の頃からフィレンツェの市政に参加していたダ
ンテは、教皇支持派と神聖ローマ皇帝派との政争(後にいわゆる黒党と白党の戦
いになります)に巻き込まれ、フィレンツェから追放される憂き目に遭います。
その後の放浪生活から『神曲』などの一連の著作が編まれていくのですが、この
『王政論』もその一つで、諸都市が林立する当時のイタリアについて統一の必要
を説いた点がすこぶる近代的だといわれたりもします。中世盛期の政治感覚を探
る上でも、この作品はとても面白そうです。

例によって訳文は時に大雑把、時に字義通りでなかったりするかもしれません
が、「とりあえず中身がわかること」を第一に考えて訳出していきたいと思って
います。第1巻の分量から、20数回程度になる予定です。今回は第一章と第二章
の始めの部分を見ていきます。

               # # # # # #
I. 1. Omnium hominum quos ad amorem veritatis natura superior impressit
hoc maxime interesse videtur: ut, quemadmodum de labore antiquorum
ditati sunt, ita et ipsi posteris prolaborent, quatenus ab eis posteritas
habeat quo ditetur. 2. Longe nanque ab offitio se esse non dubitet qui,
publicis documentis imbutus, ad rem publicam aliquid afferre non curat;
non enim est lignum, quod secus decursus aquarum fructificat in tempore
suo, sed potius perniciosa vorago semper ingurgitans et nunquam
ingurgitata refundens. 3. Hec igitur sepe mecum recogitans, ne de infossi
talenti culpa quandoque redarguar, publice utilitati non modo turgescere,
quinymo fructificare desidero, et intemptatas ab aliis estendere veritates.

1章
1. 高貴なる自然によって真理への愛を刻印されたすべての人間にとって、次の
点はすこぶる重要なこととされる。すなわち、古代の人々の労苦によって自分た
ちが豊かになったのと同じように、自分に続く世代に対し、繁栄をなしうるだけ
ののものを委ねることだ。2. 世間の教訓に浸りきり、なにがしかの公務に携わ
ろうともしない者が、義務から遠くかけ離れていることに疑いの余地はない。そ
の者は、例えば「水の流れに沿ってあり、しかるべき時に実を付ける木」(*)
ではない。むしろ、いつも何かを呑み込んでいるものの、呑み込んだものを吐き
出すことのない危険な深淵だ。3. こうしたことにたえず考えを巡らし、私は、
タラントを埋もらせた(**)との咎めを受けないためにも、他の誰も示そうとし
ていない真実を開示し、世間にとって有益であるよう、単に膨らむだけではな
い、(真の)実りをなしたいと思うのだ。

* 『詩篇』1-3
** タラントはギリシアの貨幣。『マタイによる福音書』25章14〜30の逸話が
暗示されている。

4. Nam quem fructum ille qui theorema quoddam Euclidis iterum
demonstraret? qui ab Aristotile felicitatem ostensam reostendere
conaretur? qui senectutem a Cicerone defensam resummeret
defensandam? Nullum quippe, sed fastidium potius illa superfluitas tediosa
prestaret. 5. Cumque, inter alias veritates occultas et utiles, temporalis
Monarchie notitia utilissima sit et maxime latens et, propter non se habere
immediate ad lucrum, ab omnibus intemptata, in proposito est hanc de suis
enucleare latibulis, tum ut utiliter mundo pervigilem, tum etiam ut palmam
tanti bravii primus in meam gloriam adipiscar. 6. Arduum quidem opus et
ultra vires aggredior, non tam de propria virtute confidens, quam de lumine
Largitoris illius "qui dat omnibus affluenter et non improperat".

4. ユークリッドの定理をいくつか改めて示したところで、一体どのような実り
をもたらすというのだろう?アリストテレスによって示された幸福論を繰り返し
てみたり、キケロによって擁護された老いを再び擁護してみたりしたところで?
いかなる実りもない。そういう退屈な繰り返しはむしろ不快感をもたらすだろ
う。5. 秘された有益な真実のうち、世俗の王政についての知見こそが最も有益
で、最も知られていないものだろう。即座の利益につながるわけではないため
に、誰からも示されていないのだ。よってここでは、その内実をつぶさに明らか
にしてみたい。世間にとって有益な警告をなすため、また、そうした勝利の誉れ
を、初めてわが栄誉として手にするためでもある。6. 確かに難しく、自分の力
を越えてもいるこうした作業に着手するのは、自分の力を信頼しているからでは
なく、むしろ「すべての人に惜しみなく与え、咎めもしない」(*)施与者の救
いの手によるところが大きい。

* 『ヤコブの手紙』1-5

II. 1. Primum quidem igitur videndum quid est quod 'temporalis Monarchia'
dicitur, typo ut dicam et secundum intentionem. 2. Est ergo temporalis
Monarchia, quam dicunt 'Imperium', unicus principatus et super omnes in
tempore vel in hiis et super hiis que tempore mensurantur. 3. Maxime
autem de hac tria dubitata queruntur: primo nanque dubitatur et queritur
an ad bene esse mundi necessaria sit; secundo an romanus populus de iure
Monarche offitium sibi asciverit; et tertio an auctoritas Monarche
dependeat a Deo inmediate vel ab alio, Dei ministro seu vicario.

2章
1. まずは「世俗の王政」といわれるものが何かを、いわばその形式と、意図に
即して見ておかなくてはならない。2. 「帝政」ともいわれる世俗の王政とは、
時間の中にあるすべての事象の上にある、あるいは時間で計ることのできる事物
の中にあって、それらの上に君臨する単独の帝位のことをいう。3. これに関し
ては大きく3つの問題が問われるだろう。まずは人々の善き生活のためにそれが
必要かどうかが問われる。2番目に、ローマの民が王政における義務を権利とし
て引き受けていたかどうか、そして3番目に、王政の権威者は直接神に、あるい
は他の者、すなわち神の使者もしくは代理の者に依存するのかどうかである。
               # # # # # #

『王政論』は、イタリア統一の期待の星だったルクセンブルク候ハインリヒ7世
が1313年に急死したことを受けて、その追悼を捧げつつイタリア統一を改めて
説くという目的で書かれ、1318年まで執筆が続けられた作品です。2章の3のと
ころに示された三つの問題が、各巻で一つずつ論じられていきます。これから読
んでいく1巻では、帝政の必要性が論じられるわけですね。ちなみにテキストは
http://www.thelatinlibrary.com/dante.mon1.htmlのものを使用します。注に
ついては羅仏対訳本("La Monarchie", trad. Michele Gally, Belin, 1993)を
ベースに、場合によっては別のソースも利用しながら、確認を取っていきたいと
思います。

投稿者 Masaki : 2004年07月10日 07:23